[イベントレポート]

あなたの会社・組織は挑戦しているか? 今こそDXの足下を見直そう

「BSIA×CIO賢人倶楽部 シンポジウム2023」より

2023年9月8日(金)田口 潤(IT Leaders編集部)

メタバースやNFTなどのWeb3、生成AI、さらにはAGI(汎用人工知能)など、デジタル技術は文字どおりりに日進月歩し、CIOやIT/デジタル部門は、否応なしに対応を迫られる。西暦2025年問題やデジタルワークプレイスの整備、サイバーセキュリティ対策もある。そんな中、肝心かなめのデジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みがおろそかになっていないか? 2023年8月末、そう問いかけるイベントが開催された。

 「生成AIを利用するだけでなく、作る側に回るべきでしょう。しかし組織として、そこまではできない(大手ITは乗り出していない)。それはこの国が変われない証拠ではないでしょうか」──。ビジネスシステムイニシアティブ協会(BSIA)とCIO賢人倶楽部は2023年8月30日、「デジタルの目的はビジネスの成長と持続、そして社会貢献 もう一度足元を見直そう」と題して年次イベント「BSIA×CIO賢人倶楽部 シンポジウム2023」を開催した。

 冒頭のコメントは、基調講演に登壇したさくらインターネット代表取締役社長の田中邦裕氏(写真1)が話したこと。日本企業はさまざまなデジタル技術に対応しているように見えても、本来行うべき取り組みからズレているのではないか、という指摘だ。そこに込められた意味を含め、田中氏と、「COACH」ブランドで知られるタペストリー・ジャパンの講演を中心に報告する。

さくらインターネットが経産省の助成を得た背景

 田中氏による基調講演のテーマは「ビジネスの成長と持続、そして社会貢献に寄与するデジタルの在り方」。田中氏が高等専門学校(高専)時代にさくらインターネットを創業したきっかけや同社の歴史、データセンター協会やソフトウェア協会をはじめ数多く関与する団体での社会貢献活動から学んださまざまな不合理さ、時代に合わない古いITを刷新することの利点や意義など、話題満載の講演だった。中でも印象に残ったのが、生成AI基盤サービスへの取り組みである。

写真1:さくらインターネット代表取締役社長の田中邦裕氏

 さくらインターネットは2023年6月、経済産業省から68億円の助成金を獲得、自らも同額を投資して生成AI向けのGPUクラウドサービスを整備すると発表した。ニュースになったのでご記憶の読者も多いだろう。経産省の助成は、経済安全保障推進法に基づく「クラウドプログラム」の供給確保計画に関するもので、認定を受けたのは同社が初めてである(その後、ソフトバンクなども認定)。

 とはいえ、データセンター/クラウドサービス(IaaS)を提供するさくらインターネットが、生成AIの基盤サービスに乗り出すのは不思議でも何でもなく、むしろ当然なことに思える。筆者自身、発表文を読んだ際は「さくらインターネットもそうなのか」と、記憶にとどめた程度だった。

 しかし、それは間違いだった。同社の売上高は200億円規模(図1)であり、助成を受けるには同社も同額を投資する必要があるので、かなり大きな負担になるのだ。当然、AWSやマイクロソフトなど海外のクラウドベンダーと競争することにもなる。そうした企業に比べると投資額はケタ違いに小さく、成功が保証されているわけではない。

図1:さくらインターネットの売上高推移(出典:さくらインターネット)
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 さくらインターネットがそれでもサービスに乗り出した理由は何か。田中氏はこう説明した。

 「(経産省からの打診に対し)大手ITベンダーや通信キャリアが断り、当社に声がかかりました。日本はデジタル分野で4兆円超の貿易赤字で、生成AI基盤のクラウドサービスを外資に依存するとなれば、もっと膨らみます。加えて日本独自のAIの開発と活用は、経済安全保障の観点で重要です。幸い、当社が運営する北海道の石狩データセンターは広大で、しかも常に空きを用意する“余白の経営”をしているので、生成AIの基盤を設置できる余裕がありました」。そこで経産省からの提案に乗ったという。

変革を起こしたいなら行動するしかない

 では、大手ITはなぜ経産省からの呼びかけを断ったのか。AWSやマイクロソフトなどと提携済みであることに加え、クラウドサービスの特性も大きいようだ。

 「クラウドは投資先行のハイリスク事業です。実際、当社は20年以上にわたりデータセンター事業で順調に成長してきましたが、3年前にクラウドへのシフトを決定。その結果、売上は減少しました。データセンター事業と違い、クラウドは売れるとは限りませんし、人材投資や機能開発投資も必要です。実際、生成AIの利用契約書はまだありません。だからといって乗り越えないと何も変わりません」(田中氏)

 この経験が、冒頭に挙げた「やるべきではあるが、組織としてはできない。それはこの国が変われない証拠」という趣旨の発言につながっている。一方で、やるとなってからは、「経産省のサポートを得られるメリットもあった」と田中氏。例えばGPUの調達だ。生成AIブームの中でNVIDIA製GPUの争奪戦が全世界で展開され、さくらインターネットが発注しても、いつ納入されか分からない。そこで経産省がNVIDIAと交渉し、2024年4月までに設置できる見通しだという。

 具体的には、最新の「H100 Tensor コア GPU」を2000基導入し、2EFLOPSの処理性能を有するクラウドインフラを整備する(さくらインターネットのプレスリリース)。ちなみにスパコンの「富岳」は 415.5PFLOPS(1秒間で40京回以上の計算)。アーキテクチャや用途が異なるので単純比較はできないが、数字上は50倍の性能である。

 田中氏は、同じ文脈でガバメントクラウドを例に「変革を起こすこと=イノベーション」の重要性にも言及した。

 「デジタル庁が進めるガバメントクラウドは大きな変化をもたらします。最初はコストダウンが目的で、自治体職員の仕事は変わらない。でも、そのうちクラウド上のマーケットプレイスにソフトやアプリが登録され、自治体職員がいいものを選択してオンライン購入できるようになります。住民がセルフサービスでできることも増え、職員の仕事は楽になります。英国という先行例があり、同国では(ITの)コストもサービスも変わっています」

 田中氏は民間の例として、JRグループの予約システム「MARS(マルス)」を挙げた。これも最初はコスト削減が目的の、駅員向けのシステムだったという。「今ではExpress予約など利用者が直接MARSにアクセスします。デジタル化はそのように仕組みを変化させます」。

 しかし、いざやろうとすると先行投資が必要なのに加え、既存部門の人や売り上げ・利益が減るといった副作用があるので、そこまではやらない。「さくらインターネットは3年前にやりました」と田中氏は言い、参加者に挑戦を呼びかけた。

●Next:「DXは技術だけではなく、人とマインドセットである」

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