[麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド]

欧州委員会が描く次のデジタル産業革命「Industrie 5.0」を読み解く:第49回

なぜ、Industrie 4.0を発展させる必要があるのか

2024年4月15日(月)麻生川 静男

2011年にドイツがIndustrie 4.0(インダストリー4.0)を提唱してから13年が経過した。IoTやAIなど先端のITを活用し、製造業のデジタル化を促すビジョンは世界に影響を与えた。その後、ESG/SDGsなどグリーン/サステナビリティの高まりや、日本発のSociety 5.0(ソサエティー5.0)などの人権意識向上の機運も影響して、欧州委員会が「Industrie 5.0」という再定義を試みている。現地の資料を参考に、“前バージョン”のIndustrie 4.0では何が不足し、どんなバージョンアップが図られたのかを確認しつつ、Industrie 5.0を読み解いていこう。

Industrie 4.0から5.0へ

 まず、簡単にIndustrie 4.0(インダストリー4.0)のおさらいをしておこう。Industrie 4.0とは、2011年にドイツが自国の製造業の強化を主目的に、IoTやAIなど最新のITの積極的に活用から、産業のデジタル化を促した政策だ。製造だけでなく、流通、卸・小売、販売にいたる産業全般にデジタルムーブメントを起こした。その成果などは本連載でも2021年9月に取り上げている(関連記事提唱から10年、Industrie 4.0への取り組みの実態と10の提言:第26回)。

 このドイツの動きに刺激されて、各国でも製造業、ひいては社会全体のデジタル化の動きが加速することとなった。Industrie 4.0が発表されて以降、発信元のドイツだけでなく、欧州委員会、米国、そして日本でもIndustrie 4.0に対する追加修正案などが提出された。

 例えば、ドイツは2019年に以後10年間の指針として、「2030 Vision for Industrie 4.0」を打ち出している。ここでは従来のIndustrie 4.0に、自律性、相互運用性、持続可能性という基本概念が追加された。

 これとほぼ時期を同じくして、欧州委員会は欧州成長戦略を発表している。このとき、「欧州グリーンディール(The European Green Deal)」として環境に配慮した持続可能性、「デジタルへの移行(digital transition)」としてAI、ビッグデータ、デジタルインフラ整備への積極的な資金配分が謳われている。

 欧州グリーンディールのベースにあるのが、2015年9月に国連が発表したSDGsであるのは論を俟たない。つまり産業政策上、Industrie 4.0の発表以降に地球温暖化、CO2規制、ゴミ問題など地球規模の社会課題の解決がもはや看過できない状態になっていった。

 一方、日本が2017年に発表したSociety 5.0(ソサエティー5.0)は、仮想空間と現実空間を高度に融合させるというビジョンで、ITを高度に駆使してさまざまな社会的課題の解決を図る取り組みである。

Industrie 5.0の3つの柱

 これらを背景に、欧州委員会は2021年、Industrie 4.0を発展的に修正するかたちでIndustrie 5.0(インダストリー5.0)を打ち出した。ここで疑問となるのは、世界的にデジタル化の大きなうねりを作ったIndustrie 4.0を最終段階まで突き詰めずに、なぜ新しい概念を提案するのかという点である。

 その答えは、Industrie 5.0で新たに掲げられた3つの柱、「持続性(Sustainability)」「人間中心主義(Human-Centricity)」「強靭な回復力(Resiliency)」にあるようだ。

図1:Industrie 5.0の5つの柱(出典:欧州委員会)

 これらは、確かにIndustrie 4.0では見られなかったものだ。とはいえ、Industrie 5.0が、ITを社会課題解決に活用するというIndustrie 4.0の基本路線を踏襲するものであるということはゆるぎないだろう。Industrie 5.0の中心軸となる3本柱について、ドイツの販売会社Distrelecによってまとめられたレポート「KNOW HOW」を基に、補足を加えつつ説明していこう。

持続性(Sustainability)

 1つ目の持続性(今やサステナビリティと呼んだほうが通りがよさそうだ)については、地球温暖化や廃棄問題などを通じて、SDGsが提唱する環境意識として、すでに世界に定着しているものなので、説明は不要だろう。

人間中心主義(Human-Centricity)

 次の人間中心主義とは何か。以前、労働者は決められた手順をこなす作業指示書に従って作業にあたった。それが、Industrie 4.0では、IoTやAIといった最新のITを高度に活用することで、作業状況に応じた指示が出てくるようになった。一見、製造過程の効率化に貢献する自動化の実現だが、これが修正を求められる状況となっているという。

 どういうことかと言うと、Industrie 4.0の推進過程で、あまりにもITに頼りすぎる状態になり、現場で働く労働者が機械的な労働に組み込まれる形になってしまったのだ。

 ITの進化は、人間と機械の干渉を少なくし、人間の労働を機械に置換して、効率性や生産性を飛躍的に高めた。その一方で、人間があたかもロボットと置換可能な仲間にされてしまったわけだ。結果、現場の労働者たちのヒューマニティは著しく阻害されるようになった。

 この反省を踏まえ、Industrie5.0では、機械が人間の労働力を置き換えるのではなく、共同の作業者として互いに助け合うことを目指している。この人間中心主義の概念は、コロボット(協働ロボット、注1)と呼ばれ、製造現場だけでなく、医療介護面でも今後の展開が期待されている。

注1:コロボット(Collaborative Robotを略してCobotまたはCo-Robot)は、産業用ロボットの進化形の一種。従来の産業用ロボットが安全柵で囲われ人間とは分離した空間で作業していたのに対し、人間と同じ空間で一緒に作業を行う。

 KNOW HOWは、人間と機械の共同作業には次の8つのパターンがあるとしている。

1.Super-Strength Operator:筋力増強ウェアラブルデバイスをつけて作業する。
2.Augmented Operator:AR(拡張現実)デバイスを装着して作業する。
3.Virtual Operator:ARを操作する。
4.Healthy Operator:ウェラブルデバイスでバイタルの変化をモニタリングする。
5.Smart Operator:AIソフトウェアを使って仕事をする。
6.Collaborative Operator:コロボットと一緒に仕事をする。
7.Social Operator:SNSを駆使して仕事をする。
8.Analytic Operator:ビッグデータ解析業務にあたる。

 「Industrie 5.0では人間が機械やロボットと共同作業するために、情報リテラシーや社会変革への意識を高める必要がある」と同レポートは指摘する。そして、上記の8パターンのほか、人間力向上の観点では、機械やロボットとの共同作業を行ううえで求められる、8つのデジタルスキルを挙げている。

デジタルリテラシー(Digital Literacy):デジタル技術に関する基礎的素養を身につける。
AI/データ分析(AI & Data Analytics):AIやデータ解析に関するスキルを高め、解析結果を正しく理解できるようにする。
創造的問題解決力(Creative Problem Solving):さまざまな手法を使って新たなビジネスを企画・提案できるようにする。
サイバーセキュリティ、プライバシー、データマインドフルネス(Cybersecurity, Privacy & Data Mindfulness):サイバー犯罪に対処できるよう、バリューチェーン全体でのデータ保護に関する知識を身につける。

 これらから分かるように、Industrie 5.0では、製造現場に携わる人間は単に労働力を提供するだけの存在ではなく、共同する機械をいわば監督・統率する能力と責任を求められている。

●Next:3つ目の柱「強靭な回復力」とは? Industrie 5.0関連市場への期待

この記事の続きをお読みいただくには、
会員登録(無料)が必要です
  • 1
  • 2
バックナンバー
麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド一覧へ
関連キーワード

ドイツ / 欧州 / Industrie 4.0 / IoT / SDGs / ESG / デジタルツイン / 製造 / サステナビリティ / BCP/DR / 環境経営 / Society 5.0 / ロボティクス / エッジコンピューティング / 政府機関 / 新型コロナウイルス / パンデミック

関連記事

トピックス

[Sponsored]

欧州委員会が描く次のデジタル産業革命「Industrie 5.0」を読み解く:第49回2011年にドイツがIndustrie 4.0(インダストリー4.0)を提唱してから13年が経過した。IoTやAIなど先端のITを活用し、製造業のデジタル化を促すビジョンは世界に影響を与えた。その後、ESG/SDGsなどグリーン/サステナビリティの高まりや、日本発のSociety 5.0(ソサエティー5.0)などの人権意識向上の機運も影響して、欧州委員会が「Industrie 5.0」という再定義を試みている。現地の資料を参考に、“前バージョン”のIndustrie 4.0では何が不足し、どんなバージョンアップが図られたのかを確認しつつ、Industrie 5.0を読み解いていこう。

PAGE TOP