[イベントレポート]

激動の航空業界、たゆまぬ事業要求にアジャイル開発で応える―ANAシステムズ

2018年7月6日(金)齋藤 公二(インサイト合同会社 代表)

デジタル変革の波は歴史ある巨大企業にも大きな影響を与えている。1952年設立の全日本空輸を中核とするANAホールディングスグループがその例だ。2018年5月25日に開催されたIT Leadersフォーラム「アジャイル経営を支えるDX時代のインフラ戦略―クラウドネイティブ企業へ進化するためのロードマップ―」に、同グループのITを支えるANAシステムズから、取締役会長の幸重孝典氏が登壇。「ANAが目指すIT、そしてアジャイルとは」と題した講演で、「攻め」と「守り」の両立を掲げて取り組んだ変革の軌跡を紹介した。

10年で激変した航空業界。ANAグループの戦略は

写真1:ANAシステムズ 取締役会長 幸重孝典氏

 約270機の航空機を運用し、年間輸送客5200万人、就航都市数94都市という規模でビジネスを展開するANAホールディングスグループ。連結従業員数は約3万9000人、女性管理職は13.3%、定時到着率は86.1%と、高い品質とサービスで国際的にもすぐれた評価を得ているエアラインだ。そんなANAグループをシステム面から支えているのがANAシステムズである。

 登壇したのは、ANAシステムズ取締役会長の幸重孝典氏(写真1)だ。1978年に全日本空輸に入社後、営業推進本部顧客販売部長、WEB販売部長、執行役員IT推進室長などを経て、2015年に取締役執行役員業務プロセス改革室長に就任。2016年からANAシステムズ取締役会長を務めている。ビジネスとITの両面を知り尽くし、エアラインの将来を見据える立場にいる人物だ。幸重氏はまず「エアラインを取り巻く環境は大きく変わりつつあります」と指摘し、次のように世界的な状況を概観した。

 「世界では航空会社の提携グループとして、3つの勢力が競っている状況です。私どもが参加するスターアライアンス(Star Alliance)と、ワンワールド(oneworld)、スカイチーム(SkyTeam)です。10年前と比較して大きく異なるのは、国際線の旅客数が6億人から15億人へと大きく増加するなか、ライアンエアー(Ryanair)やイージージェット(easyJet)といったLCC(Low Cost Carrier:格安航空会社)の利用が拡大したことです。また、エミレーツ航空(Emirates)を始めとしてターキッシュ エアラインズ(Turkish Airlines、日本法人の旧称トルコ航空)、カタール航空(Qatar Airways)といった中東の航空会社も存在感を増し、ベスト10社のプレイヤーの顔ぶれも大きく変わりました」(同氏)

 国際線の1位と2位はLCCのライアンエアーとイージージェットだ。国内線と合わせても、米国のサウスウェスト航空(Southwest Airlines)が年間旅客数1億5200万人で世界トップなのに対し、ライアンエアーは1億1200万人で5位、イージージェットは7100万人で8位につけている。これに対し、ANAグループは国内線10位、国際線で47位、総合で15位という状況だ(出典:国際航空運送協会〈IATA〉2016年度)。

適材適所のハイブリッド型のITを志向

 世界の航空業界の状況を説明した上で幸重氏は、「ANAでは、従来のように空港や機内だけでなく、搭乗前や搭乗後、日常まで、あらゆる顧客接点でシームレスにカスタマーエクスペリエンスを向上させる取り組みを進めています」と、グローバル市場競争にあたって、サービス品質に注力していることを説明した。

 例えば、顧客の声を聞くために、年間2万5000件の問い合わせに加えて、SNS内のつぶやきを含めて広く分析している。また、運航情報をデジタル配信して、台風などで欠航・遅延が起こったときに顧客自身がすばやく意思決定できるようにしている。

 そんなANAのサービスの最前線に存在するのがモバイルアプリケーションだ。ANAでは「モバイルファースト」を掲げ、アプリ開発に積極的に取り組んでいる。利用客はモバイルアプリを利用すると、情報提供からチケットの予約、機内サービス、到着後の地上交通との連携などまでをストレスフリーで一貫したサービスとして受けることができる(図1)。

図1:ANAのモバイルファースト
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 「『あんしん、快適、おもてなし』という対面でのサービスは人の力です。一方で、非対面でも、デジタルの力を使って、Right Channel(正しいデバイス)、Right Timing(正しいタイミング)、Right Message(正しいメッセージ)のかたちでサービスを届けることが求められます。海外エアラインはデジタルの力をいちはやく使ってサービスを向上させてきました。ANAは、それに加えて、もともとあるおもてなしの力を伸ばし、さらに、新しいおもてなしの力を付加することで海外エアラインにない魅力を提供しています」(幸重氏)

 また同社は、攻め(スピード)と守り(安全)とでバランスをとりながら、適材適所のハイブリッド型ITを志向して改革に取り組んできた。ANAシステムズが担当するシステムは、旅客システムやマイレージ/CRM(顧客関係管理)、飛行計画/運航管理、航空機整備など159システムに及ぶが(図2)、これらを2014年からパブリッククラウドと新データセンターで構成されるハイブリッドITインフラにシステムの統廃合をしつつ段階的に移行中であり、2018年度が移行の最終年度にあたる。

図2:ANAの159に及ぶシステム
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 「ANAのシステムでは業務領域やシステム特性に応じ、SLA(サービスレベル条項)をAAAAAAに分類し、世界の航空会社に比べても高いサービスレベルを提供しています。それらのシステムをクラウド及び、新データセンターのハイブリットITインフラに段階的かつバランスよく再編・移行させ、適材適所で稼働させています」(幸重氏)

アジャイル開発でビジネス要求に迅速に対応

 ANA1997年に航空券のインターネット予約やマイレージプログラムを開始するなど、お客様に直接的に関わるデジタル化への取り組みを世の中に先駆けて開始した。2002年度に予約センターとインターネット予約の比率が逆転し、いまやWeb販売率はANA国内線の航空券売り上げ全体の半数以上に達した。国際線でもおおよそ20%を稼ぎだすようになり、国内線・国際線合わせて年間数千億円を売り上げる規模になった。インターネット予約の定着に伴い、20133月には、かつて主要都市を網羅した市内カウンターも全廃している。

 インターネット予約と共に伸長したのがEC事業だ。2017年度のEC売上高はアマゾンジャパンの1兆1768億円に迫る規模だ。こうしたなかで課題になったのが、すさまじく加速するビジネススピードにシステムがいかに追随するかだったという。幸重氏は次のように説明した。

 「間接販売からダイレクト販売に移行し、業績把握も月次レポートからリアルタイム分析に移行しました。かつては施策を計画的に実行すればよかったのですが、今は、スピードのある対応があらゆるシステムに要求されています。そのような状況下で、モバイルアプリを対象に継続的変化に対応できる手段としてアジャイル開発に取り組みはじめたのです」(図3

図3:課題を解決するシステム開発の検討
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 新たな取り組みに際して、ANAシステムズは2015年2月、米Pivotal Softwareを訪れる。そして、同社のアジャイル開発支援サービス「Pivotal Labs」のメソッドに基づき、課題整理やトライアル開発、評価を約5カ月かけて行った。2016年8月からは実施フェーズに入り、テスト駆動型で既存アプリの改修を進め、トライアンドエラーを繰り返しながら、反復型開発やDevOpsをみずからの組織に定着させていった。

 ANAシステムズは、サービスごとにサイロ化していたシステムから、共通部分を切り出してAPIゲートウェイを通してアクセスする構造へとアーキテクチャをシンプル化した(図4)。「アプリケーション構造がシンプルになった上で、2011年にリリースしたモバイルアプリの改修を実施し、アジャイル開発の手法で日々機能を更新しています。今では、DevOpsの定着も進んだことで、新機能の追加はもちろん、アプリのクラッシュへの対応やレスポンスの改善もスピーディーに行えるようになっています」(幸重氏)

図4:アプリケーション構造をシンプルに
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 そのうえで幸重氏は、ANAの取り組みのポイントとして、守りのITと攻めのITの両方を推進していること、顧客第一主義を掲げながらビジネス部門を巻き込むこと、全社的な取り組みにするために経営を巻き込んでいくことなどを挙げた。特に、経営を巻き込むためには、下記の5つが重要だと強調した。

  • 幅広いメンバーの参画
  • 議論を通じて方向性を見出す
  • 数字で議論する
  • スピード感を持って結果を出す
  • 失敗を恐れず続ける

 最後に「ANAが世界的なエアラインとして存在感を高めるために、ITは大きな役割を担っています」と話し、講演を締めくくった。

情熱を持って取り組み、知らないことは外部に頼る

写真2:インプレス IT Leaders 編集主幹 田口潤

 ANAシステムズの講演に続いて、インプレス IT Leaders 編集主幹の田口潤をモデレーターに、幸重氏、ビズリーチ執行役員の園田剛史氏、日本IBM エグゼクティブ・アーキテクトの渡邉周一氏の3氏によるパネルディスカッションが行われた(写真2・3)。ディスカッションのテーマは「アジャイル経営を支えるテクノロジー、組織、そしてリーダーの役割」に設定された。

写真3:左から、ANAシステムズの幸重孝典氏、ビズリーチの園田剛史氏、日本IBMの渡邉周一氏

 ビズリーチの園田氏は、アジャイル開発やクラウドネイティブに欠かせないテクノロジーとしてコンテナ、マイクロサービスなどを挙げた。「コンテナは開発、テスト、本番の環境が同じフローで処理できることが大きなメリットです。2つの環境をすばやく切り替えるブルーグリーンデプロイメントや、部分的にリリースして反応を確かめるカナリアリリースなども実践しています。また、アジャイルやクラウドネイティブに適した組織にしていくことも重要です」(同氏)

 日本IBMの渡邉氏はアジャイル開発導入のポイントとして「失敗しながら繰り返して改善していくアプローチを採用していくことが非常に重要です。『フェイルファスト(Fail Fast)』という言葉があり、まず失敗してから物事を進めるカルチャーが大事です」と説明。また、テクノロジーについても、IBMのミドルウェアのほとんどがコンテナ上で稼動できることを解説した。

 幸重氏は、DX時代のビジネス戦略の1つとして「LCCに市場を奪われるなら、市場を変革しているLCCそのものを自社に取り込んでしまうという戦略も必要です。ディスラプターに打ち勝つには自らがディラプターになるという考え方です」とした。

 リーダーに求められる役割について、園田氏は、「まずはリーダーが動くことが大切。リーダーの熱量が物事を動かす要素になります。またメンバーに対しては、ディスカッションやコミュニケーションを通じて方向性を決めて、メンバーを信じることができれば、間違った方向には進まないものです」と、意思決定のコツを披露した。

 渡邉氏も園田氏に同意見で、「やはりパッションは重要です。取り組みがうまく進むお客様を見ていると、リーダーがパッションを持って経営に働きかけるケースが多いと感じます」と話した。

 幸重氏は、「自分で考えることには限界があります。わからないことがあったら社外に教えを請うのが一番です。部下にもよく言うのですが、知らないならまず経験者に聞きにいけ、ゼロから考えるよりそのほうが早い。失敗も含めて教えてくれるので参考になるのです」とアドバイスした。

 ベンチャー企業、伝統的な大企業、それらを支援してきたベンダーの3者が揃ったパネルディスカッションとあって、聴衆も最後まで熱心に聞き入っていた。

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