[木内里美の是正勧告]

労働力不足と“真の働き方改革”を改めて考える

2022年10月31日(月)木内 里美(オラン 代表取締役社長)

労働力不足の問題が指摘されるようになって久しい。注意してほしいのは、「労働力が足りていな」や「ICT人材やイノベーター人材が足りない」といった人材不足とは区別して考えなくてはならないということ。不足する人材は一時的には社外からの中途採用などで賄いつつも、一朝一夕に数を増やすことはできない。時間をかけた、計画的かつ体系的な育成が必要なのは間違いない。今回、日本が今置かれている問題を挙げながら、改めて労働力不足と“真の働き方改革”を考えてみる。

労働力不足は本当か?

 ここで言う労働力不足は、主に製造業のラインや運輸・配送、小売販売、飲食業の店舗、建設業の現場、介護・看護などの要員を対象にしている。これらの仕事は機械やデジタル技術では代替できない生身の人間の活動分野だから、労働力不足は、少子高齢化の進む日本では必然的な現象だろう。

 日本の1人あたりの労働生産性は低迷したままである。無駄な仕事や効率の悪い仕事をしている実態があるし、1人あたりの総労働時間が減っていることも事実だ(図1)。欧米のエグゼクティブは今でもしゃにむに働いているが、日本ではそういう働き方が罪であるかような労働政策が採られている。高度成長期の時代に「24時間働けますか?」という栄養ドリンクの宣伝があったが、今時こんなことを言ったら顰蹙ものだろう。

図1:年間総実労働時間の推移(事業所規模30人以上、パートタイム労働者を含む)(出典:厚生労働省「毎月勤労統計調査)
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 労働生産性を上げられていないのに、単に労働時間を減らすような施策や非正規雇用とかパートタイムを増やしていては、労働力が不足するのは当然だ。加えて、報酬が地べたを這うように低迷していては労働意欲が出てくるわけもない。若い人たちが低賃金でワーキングプアになり、そしてまともな仕事がなくホームレスになっている人たちさえいる現実もある。一流大学を卒業して一流と言われる企業に就職しても、メンタルを痛めて職を失ったら浮かび上がれない。そんな実態を鑑みると、日本の労働のあり方に大いに疑問を持ってしまう。

 高齢者の雇用環境も疑問だ。総務省の報道資料「統計から見た我が国の高齢者」によれば、60歳前半(60~64歳)の高齢者は71.5%が何らかの仕事に就いており、60歳後半(65~69歳)でも半数以上(50.3%)が働いている(図2)。「定年後は年金生活」というような悠長な時代ではなくなり、10年前とは様変わりしたことが分かる。

図2:高齢者の就業率の推移(男女計、2011年~2021年)(出典:総務省「統計から見た我が国の高齢者」)
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 実際に、定年は65歳まで延長され、国民年金の納付期間も45年間へと延長することが検討されている。いずれ定年退職も70歳、年金支給も70歳からという時代になるだろうが、それで問題が解消するわけではない。

 雇用は65歳まで延びても、60歳を過ぎるとおおむね再雇用や年次雇用契約になるので、報酬は大幅に減る。統計でも60歳以上の労働者の約4分の3は非正規雇用である。必然的にモチベーションは下がり、労働の密度も効率も落ちてしまう。この年代の労働力を生かさない手はないはずだが、日本の労働制度には潜在する労働力を生かして総パフオーマンスを向上させようとする取り組みや思想が感じられない。

海外の労働力には頼れない

 労働制度を見直す代わりに、日本は安易に海外の労働力に頼ってきた。低賃金で雇える新興国の外国人労働者は年々増え続けている。厚生労働省の調査では2021年10月末時点で172万人を超え、過去最高だったという。

 特に悪名高い、国際貢献を装った技能実習制度による労働者は40万人を超える。ご存じの読者は多いと思うが、この制度では労働基準法違反の事業場が70%を超えるという実態がある。米国の国務省が「2021年版人身売買報告書」で、外国人労働者搾取を悪用し続けていると批判したほどだ。こういう実態を見て見ぬふりして継続している日本社会には人道的な問題がある。

 しかし、これは持続困難である。日本の最低賃金でも母国より高い報酬が得られる国の労働者だから成り立つ構造だったが、2つの要素でこの構造が崩れてきている。

 1つはアジア各国の賃金上昇だ。内閣府が2022年2月に公表した「世界経済の潮流2021 II」によれば、日本の労働生産性や賃金は低迷したままなのに対し、アジア諸国の単位労働費用は右肩上がりで上昇している(図3)。賃金も確実に上昇しており、低賃金国の労働力は賃金の高い(日本以外の)アジア諸国に流れていく構図になってきているのだ。

図3:アジア諸国の単位労働費用(出典:内閣府「世界経済の潮流2021 II」)
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 2つ目として追い打ちをかけるのが急速な円安である。日本に来て稼いでも為替レートで相殺される。賃金が低水準のフィリピンやラオス、ミャンマー、バングラディッシュなどのアジアの労働力は日本ではなく、ASEANではタイやベトナムに、あるいは米国、カナダ、サウジアラビアなどに向いているという。

 円安が定着すれば日本で働く外国人は減るばかりで、やがては日本人がアジアや欧米に出稼ぎに行く時代が来るかもしれない。決して冗談ではなく、最近、米国で年収8000万円(!)の寿司職人がいるというニュースも流れた。

 外国人労働者頼みの終わりが始まっているのである。と言っても、その総数はピークの現在でも170万人程度にすぎない。日本の60歳代の人口は1400万人以上である。ならば海外の労働力に頼るのではなく、国内の労働力をもっと生かすことを考えるべきではないか。

●Next:真の働き方改革にならないのは何が原因か?

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