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「企業の海外進出の成否を握るのは人的資源管理だ」~ ワークスAPがシンガポールに拠点を開設した理由

2013年4月24日(水)田口 潤(IT Leaders編集部)

ERPパッケージ大手のワークスアプリケーションズがシンガポールにR&D拠点を開設した。「単なるコストダウンのためのオフショア拠点ではない」(同社)という。狙いは何か。100社以上のユーザー企業が参加した、開設記念セミナーを併せてレポートする。

「製品の強化を進め、日本企業の海外展開をサポートする。そのために優秀なIT人材の確保が必要であり、シンガポールにR&D拠点を開設することを決めた」──。国産ERPパッケージ大手のワークスアプリケーションズ(以下、ワークスAP)は、このほどシンガポールに事業拠点を開設。4月23日に100社を超える日本のユーザー企業を招いて、開設式典とセミナーを開催した(写真1)。冒頭は、同社の牧野正幸CEOの弁である。

●写真1 開設記念セミナー。日本から100人を超えるIT責任者、人事責任者が参加した(在シンガポール拠点の責任者も含む)

オフショア開発にせよ、海外への販路拡大にせよ、日本のパッケージ・ベンダーが海外に拠点を開くのは今では珍しくはない。しかしワークスAPの拠点開設は、冒頭のコメントにあるように目的が異なる。しかもユーザー企業を日本から招き、それに応じて王子製紙やサントリー、堀場製作所、双日、ミサワホームなど100を超える企業のシステム責任者や人事責任者が参加したとなると、かなり異例といっていい。

そこにはどんな理由や背景があるのか。浮かび上がったのは、人材マネジメント(HCM)あるいはタレントマネジメント(TM)が日本企業の海外展開の成否を左右しかねない、極めて大きな関心事として着目されていることだった。以下、ワークスAPのシンガポール拠点開設の目的や背景、開設セミナーの模様をレポートする。

優れたIT人材は国内だけでは採用困難、だから海外に目を向ける

実のところ、ワークスAPは3年前に海外に進出する方針を立て、まず中国に参入した。しかし成功せずに撤退した経緯がある。背景には同社が強みとする、「ユーザー企業が求める機能をパッケージに標準搭載してカスタマイズを不要にする」という戦略が、必ずしも通用しなかったことがある。中国で成功するには中国の企業が求める機能を製品に取り込む必要があるが、それが日本企業が求める機能と整合しなかったようなのだ。

「参入から1年半の間、検討に検討を重ね、このまま日本企業と海外企業の両方に通用する製品を開発するよりも、日本企業向けに回帰することを決断した。当社は約1000社の顧客を持ち、HCM関連のERPとしてはシェア1位。これだけ見ると国内での成長が難しいように思えるが、実際には上場企業だけでもその数倍ある。しかも日本企業が世界に出て行く。その中で人事/人材関連システムは重要な役割を果たす。そこで日本企業への貢献に集中することにした」(牧野CEO、写真2)。

●写真2 ワークスアプリケーションズの牧野CEO(右)、小松シンガポールオフィス代表(左)、シンガポール経済開発庁の責任者(中央)

ここで問題になったのがIT人材の確保である。「企業の求める機能をすべて標準搭載し続けるには、顧客サポートを担うエンジニアと製品開発を担うエンジニアの両方が必要だ。しかし日本では、そうしたエンジニアを確保し切れない。分かりやすく言えば、当社の人材募集に対し10万人の応募があり、1000人に内定を出す。ところが実際に入社するのは500人に満たないというイメージだ」(同)。そこで目を海外に向け、まず中国・上海に、そして今回シンガポールにR&D拠点を設けた。「顧客サポートはともかく、製品の開発や機能強化なら、必ずしも日本人エンジニアである必要はない」(同)という。

だが優れたエンジニアは世界のIT企業が欲しい人材でもある。知名度に劣るワークスが海外で採用できるのか、できたとしてリテンション(継続勤務)は可能なのか?これについて牧野CEOはこう話す。「4月23日にユニクロ(ファーストリテイリング)が報酬体系を世界共通にすると発表した。当社はもともとそうしている。しかも報酬は海外企業と比べても遜色ないか、むしろ高い(本誌注:新卒で年収550万円)。知名度は確かに低いが、IT系の学生はWebなどで企業の概要や業務内容を調べて応募するのでハンデにはなりにくい。リテンションの問題は仕事の面白さでカバーする」。

実際、シンガポール拠点の開設準備を統括し、現在は同社シンガポールオフィスの代表を務める小松宏行氏は、「すでに18人のインド人エンジニアを採用できた。全員が米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)並みと言われるインド工科大学(IIT)か、IITと同等の大学の卒業生。予想以上の、非常に優秀な人材ばかりだ」と話す。年内に100人規模に拡充し、EC(電子商取引)パッケージなどERPの一部機能の開発をシンガポール拠点に移す計画もあるという(写真3)。

●写真3 ワークスAPが拠点を置くSingapore FUSIONOPOLIS。開設記念セミナーはここで開催された

さらにシンガポール拠点をアジアに進出する日本企業へのサポート拠点、あるいは日本企業の海外子会社に対する販売拠点にする考えもある。「拠点の話を知った顧客から、サポートなどのサービスは提供しないのかという声をもらった。販売や生産は日本の本社がガバナンスを効かせる傾向だが、HCMは現地法人が独自にやっているケースが少なくない」(牧野CEO)。

それはなぜなのか。HCMシステムと、生産や販売システムは何が違うのか。次に開設記念セミナーに触れながら、これを見てみよう。

日本企業の海外展開、人材の採用・活用に問題山積

セミナーの前半は、東南アジアにおけるシンガポールの位置づけの話が中心。PwC SINGAPORE パートナの服部基之氏やラジャ・タン法律事務所の栗田哲郎弁護士が、人口は500万人なので市場としての魅力は小さい一方で、地理的条件、法制度や税制、会社の設立のしやすさ、雇用規制などがほかの東南アジア諸国と比べても整っていることを説明。しかも国として人材育成に力を入れているため、企業がアジアに進出する際のハブ拠点としての魅力が高まっていることを指摘した(写真4)。

●写真4 事業拠点としてのシンガポールの優位性(弁護士・栗田哲郎氏の資料)。腐敗認識指数では日本を上回る

後半ではワークスAPのパートナーであるIBMによるPureSystemsやクラウドの紹介、ワークスAP自身による自社の人事システムの紹介があったが、メインは三菱商事アジアHRDオフィスの松田豊弘室長によるグローバル人材マネジメントに関する講演である。なお同オフィスはインドからアジア、オセアニア地域の人材マネジメントを担っている。

松田氏は、海外展開における人材の採用と、意欲を持って継続的に働き続けてもらうことの難しさを、こう語る。「最近は日本企業の不人気による”ジャパンパッシング”があり、優秀な人材を採用できない。仮にできても、優秀な人ほど数年で辞めてしまう。これは10年前も今も、変わっていない」。

そして理由として、(日本企業の)昇進昇格や評価に関わる透明性の不足、現地社員と日本からの派遣社員のコミュニケーション不足、経営方針/マネジメントのビジョンなど英語の情報の不足、”ガラスの天井”などと呼ばれるキャリアパスの不足、強み弱みのフィードバックなど評価スキルの不足、といった課題を指摘する(写真5)。当然、HCMのパッケージを導入したからといって、それで解決できる課題ではなく、むしろ「データは大量にできたが、活用されないまま死蔵される」(同)のが現実だ。

●写真5 海外展開する企業に共通する、人材マネジメント上の課題(三菱商事アジアHRDオフィスの松田豊弘室長の資料

そこで松田室長は、時間をかけて組織制度や人材制度を変革。さらに英語版社内報の発行や日本人のマネジャーの派遣前教育など、情報伝達・コミュニケーション不足を解消する様々な手を打ってきた。「誰でも分かることだが、日本で日本人を相手に評価面談できない人が、外国人相手に英語で面談できるはずがない。教育は必須だった」。採用に向けて、会社のブランディングにも力を入れている。

そういった施策の結果、人材の採用やリテンションに目途がついてきたという。「ようやくワークスAPが提供するようなHCM製品を導入できる状況を整えた」(松田室長)。この言葉から明らかなように、同社はワークスAPのユーザー企業ではないが、これから同社製品も含め、HCMシステムの刷新を実施する計画である。

開設記念セミナーに参加した他のユーザー企業も、こと海外進出に関しては状況はおおむね大同小異。5つの不足をはじめとする、グローバル人材マネジメントの問題に対処する必要がある。これが開設記念セミナーに100社以上が集まり、かつワークスAPがシンガポールに拠点を開設した背景にあると考えられる。

しかし、それほど案ずることはないのかも知れない。牧野CEOは、こう語る。「日本企業は長く終身雇用を採ってきており、非常に細かく、手厚く人材を管理・処遇してきた。外資系の方と話すと『そこまでやっているのか』と驚かれるほどだ。改善の余地は多々あるにせよ、日本のやり方は世界に通用するはず。日本企業にフォーカスして開発する体制にしたのは、その点に確信があるからだ」。

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