[木内里美の是正勧告]

感動する旅館、ダメな旅館から学ぶ「サービス」の本質

2019年6月25日(火)木内 里美(オラン 代表取締役社長)

モノ・製品からサービスへというビジネスモデルの転換があらゆる業種・業界で起こっている。この「サービス化」で、常に提供者に問われるのが、売り物としての価値である。今さらに何を……と思われるかもしれないが、ビジネスの最も基本かつ重要な視点として今一度考えてみたい。

 日本の産業を概観すると、GDPや就業者数の面で第三次産業がおおむね7割を占める。第一次産業の農林水産業や製造業を中心とする第二次産業は一貫して縮小傾向にある一方で、農業や製造業であってもサービス事業へのビジネス転換を図る動きが見受けられるようになってきた。キーワード的に表現すれば「サービス化」である。

 背景には消費者のモノからコトへの価値観の変化と製造業の衰退がある。模倣しにくい高度な部品や素材を作る企業や、ニッチな分野に特化したり特殊な技術を持っていたりする製造業は世界からの注文を受けて逞しく生き残っていくと思われるが、戦後復興を支えた完成品メーカーは強大な中国などの新興勢力にお株を奪われている。30年後にどれほどの会社が残っているか、想像もできない。

 サービス産業には医療・介護、教育、理容・美容、映画やゲームのような娯楽業、運輸・宿泊などの旅行業、自動車整備などさまざまな業種・業態がある。サービス業は価値を売り、価値を買ってもらっている。その価値とは何だろうか? CIOやIT責任者にとって重要な視点なので考察したい。

ダメな旅館は何ができていないのか

 サービスを科学的に紐解く「サービス科学(Service Science)」という学問では、サービスを「人や構造物が発揮する機能で、お客様の事前期待に適合するもの」と定義している。その際、サービスには、(1)基本機能としての価値と、(2)プロセスから作り込む価値という2つの価値がある。提供者は継続的に価値を向上させることを実践しなければならない。そして顧客は事前期待を上回るサービスを提供してもらった場合、“感動”としてそれを受け取ることになる。

 少々難しい話になったが、サービス購入者の立場で考えるとわかりやすい。筆者はここ10年くらい温泉を好むようになり、時間を作っては出かけるようになった。温泉地には老舗旅館や開業したばかり旅館など、宿がたくさんあるが、いろいろな宿を体験すると、サービスの価値が見えてくる。おおむね宿泊料金と価値は比例するが、それは機能的な価値であって、プロセスの価値が保障されているわけではない。

 まず、温泉宿の機能的価値は、周辺環境、庭園などの佇まい、宿の造り、客室、露天風呂、料理、装飾、備品、アメニティ、Wi-Fi設備などからなる。予約時点では、これらに対して事前期待がある。少し贅沢をして日常と非日常の差が期待できる宿を探す。客室の広さ、和室か和洋室かの仕様、客室数がほどほどか、客室内の露天風呂の有無などの基本機能の情報を基に、料金を勘案して事前期待ができあがる。

周辺環境や客室、露天風呂、料理、アメニティなど、宿を探す際のさまざまなファクターから事前期待ができあがるが……

 旅行サイトなどで調べて予約するので、機能的価値が事前期待と掛け離れることはあまりないが、例外もある。例えば風呂にタオルの備えがなく、いちいち部屋から持っていかなければならないという基本機能がダメな宿があった。客室数が4~5という小規模の宿は、期待とは裏腹に固定費が掛けられないために設備がお粗末だったりする。こういった旅館もたまにあるが、ダメなサービスは往々にしてプロセスの価値で起こっている。

 直近では、急に思い立ってゴールデンウィークに出かけた近場の温泉宿でダメな旅館に遭遇した。リニューアルされた宿だけあって基本的な機能は申し分ないのだが、プロセスがことごとくダメだった。個室での食事の配膳が滞り、注文したものはなかなか届かない。スタッフの要領が悪く、入れ替わり立ち替わり「申し訳ないです」「すみません」を繰り返して、バタバタしていて落ち着かない。食材の話などをゆっくり聴ける状況ではないし、プレミアム会員のドリンクサービスも忘れたのか出てこなかった。待たされながらの食事を済ませて部屋に戻ると、食事の間に済ませておけばよいものを、バタバタと布団を敷いている。

●Next:一方で、「感動する旅館」は何ができているのか?

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