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[中島洋の特別対談]

【特別対談企画】ソフトウェア開発のプロセスを透明化する、「ITソフトウェア基準法(仮称)」とは

2011年5月9日(月)

情報システムが社会の隅々まで浸透した現代においては、その機能を支えるソフトウェアのミスは重大な事故を引き起こし、社会に甚大な損失を招きかねない。ソフトウェアのミスを防ぎ、また、重大な情報システムの事故が起きた際に損失を最小化するには、どうしたら良いか。中小ソフトウェア会社の全国組織、全国ソフトウェア協同組合連合会(JASPA)の横尾良明専務理事は国民の生命、健康、財産を守るための「ITソフトウェア基準法(仮称)」の創設を主張する。どんな効果を期待するのか。立法の見通しは? 率直な意見を聞いた。(文中敬称略)

横尾 良明氏
横尾 良明氏
全国ソフトウェア協同組合連合会 専務理事 事務局長
1989年、首都圏コンピュータ技術者協同組合設立。理事長就任。2007年、首都圏コンピュータ技術者株式会社代表取締役会長就任。現在に至る。 著書に「事業協同組合のつくり方と運営一切」(日本実業出版社)などがある。


中島 洋氏
中島 洋氏
MM総研所長
1973年、日本経済新聞社入社。産業部で24年にわたり、ハイテク分野、総合商社、企業経営問題などを担当。1988年から編集委員。この間、日経マグロウヒル社に出向し、日経コンピュータ、日経パソコンの創刊に参加し1997~2002年慶応義塾大学教授。現在、MM総研所長、国際大学教授等を兼務。


社会基盤を支えるITソフトウェアのミスを防ぎ、
損失を最小化するために

中島:「ITソフトウェア基準法」の中身、発案のきっかけを教えてください。

横尾:ソフトには目に見えない様々な問題が潜んでいます。ソフトのミスが起因して社会のあちこちでトラブルが起きた20年ほど前、ソフトを可視化しなくてはいけない、と思い至りました。手段は「ドキュメント」です。プログラム作成の際に、作業ごとのドキュメントを作成し、そこに作業者の名前と日付を記録する。これがきちんとできれば、可視化は可能です。

中島:私も『日経コンピュータ』記者時代、ドキュメント作成の記事を書いたが、実行されていないのですか。

横尾:実質的に実施されていません。極端にいうと、だれが、どこで、いつ、プログラムのどの部分を担当したか、さっぱり分からないのが現状です。何か事故が起こっても、対策に時間がかかって被害が広がる。社会はリスクを抱えたまま情報システムに依存し続けなければならない。

中島:基準法では、このところを明確にするのが狙いですか。

横尾:工夫が要りますが、仕事の発注内容を明確にする契約書の義務付けはもちろん、開発の工程で作業者の名前、日付、場所などのいくつかの点を明記したドキュメントを義務付けて、必要なときには関係者が閲覧できるように整備する。すでにいくつかの試案を作成して長い間、議論しています。

中島:契約書については「モデル契約書」があるので、それに準拠すれば良い、という意見もありますね。

横尾:JASPAでは基準法の案を練りながら、経済産業省の担当部署と意見交換を行ってきました。民主党政権になってからは、経済産業大臣政務官、民主党の副幹事長に法制定の趣旨と内容を説明に行き、意見交換をしながら煮詰めてきています。経済産業省の担当部署の方は「モデル契約書」を言うのですが、多くの場合で使用されていない。法的強制力がないので、実行されない。トラブルが起きた時に迅速な対応ができない現実がある。

中島:作業者の作業記録は、農産物ではトレーサビリティシステム(生産・流通履歴情報追跡システム)として普及している。コンビニやスーパーでも、ネームプレートにあるバーコードをリーダーで読み取らせて、作業者が作業記録を残すのは当たり前になっているし、その入力もきわめて簡単になりました。

横尾:データ入力が簡単になったから作業者の記録を広範な領域で残すようになっている。その簡単なことをソフト業界だけが、まったくやっていない。ソフト業界だけが取り残されているのは嘆かわしいことです。

中島:ITに得意なソフト業界がやってきていないのは何故ですか。

横尾:発注方式に問題がある。実際の発注をみると、発注元のユーザー企業や行政機関などから、大手のSI事業者が一括して請け負って、すべて、窓口のSI事業者が責任を持つという仕組みです。だれがどのような仕事をしているか、明らかにしなくても、SI企業が責任をもつので、問題はないという理由です。実際は、多くの作業を下請けに回し、その下請けに適切な技術者がいないときはさらに下請けに回し、と何次も下請け事業者が分担して作業するようになっていて、仕事の中身は見えにくい。安い作業費を求めて海外オフショアもあるのでしょう。

中島:さまざまな業界で業務プロセスの透明化が進んでいるのに、ソフト業界は逆行ですか。プロセスの透明化は長期的にはプロセス改善によって大きなメリットがあるはずですがね。

横尾:立場によって理解が異なるかもしれない。トラブルがあった際、対応措置をスムーズにできて被害の拡大を防ぐという点では、ユーザー企業もSI企業も同様に利益があるはずです。

中島:総論ではだれもが賛成するメリットがありますね。

重大な社会インフラを担う産業としての責任
下請企業やその技術者には大きなメリットも

横尾:一方、下請け企業の優秀な技術者にとってはもっとメリットがあります。記録が蓄積するような仕組みができると、どの分野で優秀な企業、技術者はだれか、という選別ができる。個々の技術者が技術の優秀さをアピールできる。優秀な技術者のいる中小企業でも、専門性をアピールできてメリットが出てくる。特定の仕事が集まれば技術はもっと磨かれる。

中島:逆に、できるだけ隠れていて責任をかぶりたくない、曖昧にしておきたい、という人にとっては迷惑な仕組みになるかもしれませんね。

横尾:重大な社会インフラを引き受ける産業になったからには、自らを戒める覚悟が必要です。実は、議員立法の方法もあるかもしれないと、国会議員の方々にも相談に行っているのですが、業界の自主規制ルールにもなるかもしれないのに、業界自ら提案してくるというのはすごい、と感心されました。情報システムが社会基盤として重大な影響力を持ってきたのですから、責任逃れの仕組みの中で安住している、という倫理観のない意識では、もう社会は許してくれないでしょう。

中島:農産物でトレーサビリティシステムが義務付けられたのは、BSE(牛海綿状脳症)が日本でも発覚した直後、農林水産省が国民の生命の安全、健康を守るために、業界の反対を押し切って義務付けました。すると、その途上で、生産過程、流通過程の実態、つまり産地偽装が広範に明るみに出た。畜産業界は、複雑な手間を業界に強いる、と抵抗したのですが、どうも不正の発覚を恐れて抵抗していたのではないか、と疑われました。ソフト開発のプロセス透明化でもまさか同様の理由で反対するところは出ないでしょうが。

横尾:社会の重要なインフラになったソフト開発のミスが原因で大惨事が起こらないようにするにはどうしたら良いか。大惨事が起こる前に明確な記録を義務付ける法律をと、今後も運動するつもりです。

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