[ものづくりからことづくりへ、製造業に迫るサービス化の波]

ものづくりからことづくりへ、製造業の変革に見る「進化するサービス」

第1回 進化するサービス(1)Break/Fixモデル

2014年7月1日(火)山田 篤伸(PTCジャパン)

「ものづくり先進国」を掲げる日本の製造業に、変革を求める風が吹いている。製品単体ではなく、その利用体験を顧客に提供する「サービスファースト」の考え方により、海外の製造業が市場を拡大しているからだ。本連載では、これまでの「ものづくり」中心から、利用体験価値を提供する「ことづくり」への変革に向けて、製造業がどんなサービス提供モデルを確立するべきかを考えていく。第1回は、先進企業がどのようにサービスを進化させてきたかを見るために、現状最も一般的なサービス形態である「Break/Fixモデル」を解説する。

 「製造業は今後、アフターサービスで儲けることが重要だ」「製造業のサービス化(Servitization)こそが厳しい競争環境で生き抜くために必要だ」――。こうしたサービス強化の重要性が指摘されるようになって久しい。

 しかし国内の製造業に目を向けてみると、まだまだ「ものづくり」中心の事業構造が主流である。サービスから得られる収益を最大化するための取り組みは実施されているものの、サービスのあり方そのものを変えて競争を優位に進めようとする企業は少ないようにみえる。

 サービスを最優先する「サービスファースト」の考え方では、どのようなサービスを提供するかを最初に決め、そのサービス要件を満たすための機能を製品に盛り込んでいくことが求められる(図1)。

図1:サービスファーストの概念図1:サービスファーストの概念
拡大画像表示

利用者の選択基準が変わり始めている

 確かに、日本の製造業の強さは圧倒的な製品の品質にある。世界中で消費者が「Made in Japan」を選ぶのは、なによりもその品質に対する絶大な信頼感からである。製品品質は、グローバルに競争するための必要条件の1つだ。

 しかし近年、欧州・北米を中心に、利用者の選択基準が少しずつ変わり始めている。製品そのものに関わる機能や品質や価格ではなく、製品を購入・利用していくなかで、どのような体験が得られるかを重視するようになってきたのである。

 例えば、米 Appleの「iPhone」や「iPad」は、誰もが認める「体験提供型」の製品だ。iPhone/iPadという製品単体をみれば、性能や品質が他社製品と比べて、ずば抜けて優れているとは言えない。

 しかし、アプリケーション販売の仕組みや、音楽・映画・書籍・教育といったコンテンツを自社ハードウェア経由でシームレスに配信する仕組みを作り上げ、利用者体験すなわち利用者価値を最大に高めている。

 当然、多くの製造業が激しく変化する市場環境への対応に手をこまぬいているわけではない。消費者が必要とするサービスをいち早く届けるために、サービス提供のスピード・コスト・品質を改善する努力を続けている。サービスに対して先進的な取り組みをしている企業では、サービスの現場で集めた「利用者の声(VOC:Voice of Customer)」を設計部門にまで積極的に還流させ、製品の改善につなげている。

図2:サービスのビジネスモデルの変遷図2:サービスのビジネスモデルの変遷
拡大画像表示

 こうしたサービスファーストの考え方が広がる中、製造業はどのようなビジネスモデルを確立し、その実行に向けて何に取り組んでいかなければならないのだろうか。これまでの「ものづくり」中心から、利用体験価値を提供する「ことづくり」へと進化するサービスモデルを理解するために、まずは現時点で最も一般的なサービスモデルである「Break/Fixモデル」を改めてみてみよう(図2)。

 

製造業のサービス提供の基本は「壊れたら直す」

 製造業のサービスモデルにおいて、最も古くから存在してきたのが「Break/Fixモデル」、すなわち「壊れたら直す」である。販売した製品が、故障などの不具合を起こしたり規定の性能・精度を満たせなかったりしたときに、製品を修理・調整する。製造者責任を負う製造業にすれば、必ず提供しなければならないサービスだ。

 Break/Fixモデルでは、サービス事業がコストセンターであることが多い。同モデルで得られる利益のほとんどは、消耗品や交換部品の販売からもたらされる。米国のリサーチ会社Aberdeen Groupの調査によると、米国では既に、スペア部品とアフターサービスの売り上げが国内総生産の8%を突破している。

 米自動車会社のGM(General Motors:ゼネラル・モータース)では、2001年にアフターサービスから得られる利益が新車販売から得られる利益を超えたという(米アクセンチュア調べ)。車を1台売って得られる1回限りの販売利益よりも、車のオーナーが長期間にわたり修理サービスを繰り返し受けたり消耗品を購入したりしてくれることから得られる利益の方が大きくなったわけだ。

 Break/Fixモデルで収益を上げるには、サービスの品質を維持・向上させると同時に、サービス提供のコストを削減していくことが重要になる。先進国のように、市場に製品があふれている市場で利益の最大化を目指すなら、消費者にはできるだけ長く製品を使ってもらい、買い替えにあたっては再度自社製品を選んでもらわなければならない。

 消費者を自社製品に長期間つなぎ止めるには、満足度の高い製品とサービスを提供し続けることが必要になる。しかし、消費者のニーズが細分化されていく中で、製品の「仕様違い」は増える一方だ。新興国の経済発展とともに仕向地も増え続ける。

 こうした状況で消費者が満足するサービスを提供するには、コストは膨らみがちだ。結果、サービス事業自体の収益性を損ない、企業体力を奪ってしまう。国や地域によって求められるサービスも変わってくるだけに、消費者が求めるサービスを地域ごとに見極め、サービス品質を維持しつつサービス提供コストを削減する継続的な努力が求められる。

サービス・バリューチェーンの最適化を図る

 Break/Fixモデルでサービスのコストを削減するには、サービス・バリューチェーンにおける各業務のすべてで、サービス提供プロセスを最適化していく必要がある。より正確なサービスを、より迅速に、より低コストで実現するために業務部門間の作業の重複や無駄を省く。

 ITで置き換えられる業務は、情報システムを積極的に導入して自動化を促進する必要もある。業務で達成すべきKPI(Key Performance Indicator:主要業績指標)を設定し、業務を継続的に改善する。ITを利用してサービス提供コストを抑えるための例を以下に挙げる。

(1)サービスマニュアルや利用者ガイドを「部品化」:設計段階でのモジュール化の考え方をサービス情報の作成プロセスに持ち込む。部品化による記述の共有度を上げることで執筆コストと出版リードタイムを削減し、より迅速に、より低コストでサービス情報をサービスの現場に届ける仕組みを作る。サービス情報の部品化は、記述の揺れを防ぎ、翻訳費用の削減にもつながる。

(2)部品の即納率を維持・向上しながらの在庫削減:交換部品・消耗品の将来需要を予測し、適切な在庫計画を立案する。人の経験による判断や手作業による計画立案を廃し、過去の需要データをITの仕組みで統計的に処理し、科学的に正当性のある需要を予測する。需要予測・計画立案・発注作業の自動化を図ることで、発注頻度を日次レベルにまで引き上げ、サイクル在庫を削減する。

(3)ワランティ(保証)の請求処理の適切化:故障した機器・部品に対して保証範囲内かどうかの条件判定を自動化し、人の判定によるミスを排除する。部品そのものに問題があった場合にはサプライヤーに保証対応費用を負担させることで、保証コストを削減する。こうしたITの仕組みは結果的に保証請求から対応までのターン・アラウンド・タイムを短縮し、業務効率の最適化を可能にする。

 コスト削減に努める一方で、常に消費者の満足できるサービス内容を維持する必要がある。昨日は充分であったサービスが、明日も顧客から満足を得られるかどうかは分からないからだ。

 消費者がサービス内容に満足しているかどうかを計るのに最も効果的な手法はアンケートをはじめとする消費者の意識調査である。サービスの収益化の動きが早かった欧州・北米の企業では、積極的に消費者の声を集めている。これに対し、日本企業が同様の調査を行っている例は少ないのではないだろうか。

 筆者の経験では、日本企業のサービス組織のほとんどが、業務の無駄・コストの削減ばかりに意識を向けている。肝心の消費者がサービスに対し、どのような不満を持っているかを把握していないケースが多い。

 製造プロセスでは、どこで、どれだけの無駄を省けるかという「引き算の論理」が大切だ。だが、サービス提供では、顧客の心にどれだけの満足を積み上げられるかという「足し算の論理」が重要になる。サービスは、その価値を製造プロセスのように機械的に測ることは難しいだけに、消費者へのアンケートはもっと頻繁に実施されてしかるべきだろう。

 なお、Break/Fixモデルは、比較的単価が低い消費者向け製品やハイテク製品では、機能しないことがある。製品が壊れたと判断しても、すぐに買い替えてしまうような製品では、そもそも修理サービスが発生しない。メーカー側の都合で、修理するよりも製品そのものを交換したほうがリスクが低くコストも安いと判断する場合も、修理サービスは提供しないからだ。

 例えば、スマートフォンは、最小部品交換単位(Field Replaceable Unit: FRU)が製品そのものである典型だ。保証期間内にメーカー責任の不具合が発生したときは基本的に新品に交換する。こうした製品では Break/Fix 型のサービスモデルは価値を持たない。

 次回は、Break/Fixモデルに続く「Preventive Maintenance(予防保守)」を取り上げる。

筆者プロフィール

山田篤伸(やまだ あつのぶ)
PTCジャパン SLM事業部 事業開発担当部長。PTCジャパンのアフターサービス向けソリューションの啓蒙活動・販売活動を担当する。サービス情報の作成・配信やナレッジ管理に関して、企業の現状を評価し、そこから今後の方向性を提案するアセスメント活動に従事するかたわら、欧米企業の先進的なサービスへの取り組みを日本企業に紹介している。

バックナンバー
ものづくりからことづくりへ、製造業に迫るサービス化の波一覧へ
関連キーワード

PTC / GE / 製造 / サポート / 品質管理 / BOM / ものづくり

関連記事

トピックス

[Sponsored]

ものづくりからことづくりへ、製造業の変革に見る「進化するサービス」「ものづくり先進国」を掲げる日本の製造業に、変革を求める風が吹いている。製品単体ではなく、その利用体験を顧客に提供する「サービスファースト」の考え方により、海外の製造業が市場を拡大しているからだ。本連載では、これまでの「ものづくり」中心から、利用体験価値を提供する「ことづくり」への変革に向けて、製造業がどんなサービス提供モデルを確立するべきかを考えていく。第1回は、先進企業がどのようにサービスを進化させてきたかを見るために、現状最も一般的なサービス形態である「Break/Fixモデル」を解説する。

PAGE TOP