[真のグローバルリーダーになるために]

【第48回】“卒業”の概念がない塾こそが重要

2016年11月25日(金)海野 惠一(スウィングバイ代表取締役社長)

香港での鉄道カードシステム構築案件を落札した日本ITCソリューション。それを祝う食事会で課長の佐々木は高橋社長にグローバルリーダー育成の課題を挙げ、社長に自社の育成策の見直しを決断させた。閉会後、佐々木は事業部長の三森を顔なじみの銀座のバーへ誘った。

 数日後、三森は山下塾の塾頭である木元に電話を入れた。

 「木元さん、うちの佐々木がいつもお世話になっています。山下塾の件は常々、佐々木から伺っております。今般、社長がグローバル人材の育成を推進するという話がありまして是非、山下塾のお力をお借りしたいと考えています。本来であれば直接、山下塾に人材を送り込みたいのですが、今の弊社には、そうしたレベルの人材がほとんどいません。そこで、まずは社内に山下塾の支部を作って研鑽したいと思っています。ついては一度、山下塾にお邪魔したいのですが。いかがでしょうか」

 「三森さん、是非お訪ねください。私はいつでも良いですが、今週土曜の午前はイランの『ロハーニ』を勉強することになっています。午後は『中国の汚職と腐敗』です。朝9時15分から夕方5時までです。そのあとは7時まで反省会を行っています」

 三森は、その週の土曜日に山下塾を訪問する約束をした。

グローバルリーダーになった後も塾は必要である

 山下塾には現在、15人の塾生がいる。一昨年の開塾時は全6日間の研修を日本語で行う組織だった。何回か、そうした研修をしているうちに、卒業した塾生が、そのまま継続して塾に参加するようになった。さらに半年もすると、塾生からグローバルリーダーの育成であれば、英語でするべきではないかとの提案があった。ただ木元は、英語で行うことに躊躇した。というのは英語で講義できる講師が見つかるだろうかという点と、塾生が英語についてこられるかどうかという点を懸念したからだ。

 木元の夢は、自分自身が英語でグローバルの政治や経済、外交、軍事を勉強することと、華僑商法と日本の精神を勉強することだった。そうすることによって、自分自身のグローバルリーダーとしての研鑽をしたいという欲求があった。もちろん、そうした学校とか私塾とかがあれば、それに参加すれば良いのだが、もう何年もそうした場を探してきたが、日本にもアジアにも見当たらなかった。

 そこで、自分自身が受講できれば良いという考えで、英語による塾の開催に踏み切った。英語の講師は育成すればいい。塾生は、これまでの日本語の塾に参加してきたものが参加すればいい。そう思って半年悩んだ挙句、山下塾を英語で行うことにした。ただ、しばらくは新しい講義内容を作るために、講師には2週間のうち半日だけ日本語で作った新しい材料を講義してもらうことにした。

 そうして1年が経ち、塾生も15人に増えた。木元自身、塾を立ち上げた時には気がつかなかったが「このように学ぶということには卒業ということはない」と思うようになった。明治維新以前には、こうした私塾がたくさんあったようだ。そこではやはり卒業という考えはなかった。木元はグローバルリーダーの育成のつもりで立ち上げたが、グローバルリーダーになった後も、こうした塾が必要なことが分かった。

 明治維新では日本では優秀な人材が数多く輩出された。それは、こうした私塾によるものではないだろうかと木元は思っている。日露戦争の頃までは、そうした人材が残っていたからだ。その後、西洋の教育システムで学習した人たちだけになり、一生研鑽するという私塾がなくなってしまった。そのため、威厳と気迫のある人材がだんだん少なくなってしまったのではないだろうかと考えるようになっていた。

(以下、次回に続く)

海野恵一の目

海野惠一

 今回は、山下塾が出来た経緯が説明されている。木元塾頭自身、山下塾を開設した時には全く気づいていなかったが、日本の精神は江戸時代の私塾で培われていたのではないかということだ。そうした人材が日露戦争の頃まで健在だった。だからこそ当時の人材は精神の筋が通っていたのではないだろうかと自問している。

 確かに明治になって、人材教育は西洋から輸入した教育システムになってしまい、一定の年数で卒業してしまう。徳育教育は残っていても、成人してしまうと、そうした教育を行う機関はない。

 木元は日本の精神はGHQが近代史の教育を止めさせたことに起因しているのではないかと考えていた。だが、それだけではなく、日本人のアイデンティティは明治維新とともに徐々に崩壊していったではないだろうか。そして戦後、アイデンティティが一挙に喪失していったのは事実のようである。我々は改めて塾の重要性に気づく必要がある。

筆者プロフィール

海野 惠一(うんの・けいいち)
スウィングバイ代表取締役社長。2001年からアクセンチュアの代表取締役を務める。同社顧問を経て2005年3月退任。2004年にスウィングバイを設立した。経営者並びに経営幹部に対するグローバルリーダーの育成研修を実施するほか、中国並びに東南アジアでの事業推進支援と事業代行を手がけている。「海野塾」を主宰し、毎週土曜日に日本語と英語での講義を行っている。リベラルアーツを通した大局的なものの見方や、華僑商法を教えており、さらに日本人としてアイデンティティをどのように持つかを指導している。著書に『これからの対中国ビジネス』(日中出版)、『日本はアジアのリーダーになれるか』(ファーストプレス)がある。当小説についてのご質問は、こちら「clyde.unno@swingby.jp」へメールしてください。

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