【Special】

M2Mにおける国際標準化戦略と業際イノベーション

2014年3月10日(月)

ICT(情報通信技術)は、世界の国や地域の社会生活とのかかわりの中で、歴史的に大きな転換期/パラダイムシフトの時期を迎えている。その背景には、インターネットと、携帯電話やスマートフォンなどによってICTが日常生活の中に浸透し、社会生活に必要な基盤としてICTが必要不可欠な要素となりつつあるということがある。 ここでは、各国の企業がこれからM2M/IoTで何をしていくべきかを考察しているこの立ち上がりの時期に、企業が取り組むべき国際標準化戦略と新しい業際イノベーションの開拓について考察していく。

1 M2Mの国際標準化の促進とビッグデータ、IoTの盛り上がり

先行する国や地域では、いわゆるユビキタス環境が現実のものになりつつあり、さらに数多くのマシン(M:Machine)と人(H:Human)がつながると同時に、多種・多量のデータも集積しつつある。

それを基盤にして、ICTが各国あるいは各地域の消費者の幸せに貢献するために、これから何をしていくべきかについて、世界中の関係者が考えるようになってきており、それが、M2M(Machine to Machine)の国際標準化を促進させ、ビッグデータ、IoT(Inter-net of Things、モノのインターネット)などのキャッチフレーズの盛り上がりにつながっている。

各企業ビジネスのスタートポイントとして、

  1. 「情報の収集・解析システム」
  2. 「情報の活用」
  3. 「消費者からの要望」

などがそれぞれ考えられるが、この3つの要素のサイクルを上手に回す国や企業が持続的な成功を獲得していくことになる。

このような社会的背景を、筆者はよりスマートなコミュニケーション社会への入口(Entrance to the Smarter Communica-tion World)と捉えている。もとより、進歩の速いICT業界で世界トップの業績を挙げ続けるのは至難のワザであるが、各国の企業がこれからM2M/IoTで何をしていくべきかを考察しているこの立ち上がりの時期には、日本のICT業界が近年の落ち込みを挽回するチャンスが存在する。

2 チャンスを勝ち取るための基礎情報

そこでここでは、チャンスを勝ち取るための基礎情報として、

  1. 国内外ビジネスのツールとなる国際標準化の状況や戦略
  2. 各国が狙っている業際的なイノベーション、ビジネス展望の例
  3. 最後に欧米中韓の背景や思惑と日本が取り組むべき課題

などを、新たに誕生した国際標準化組織「oneM2M」(ワン・エムツーエム)注1の前夜の様子として紹介する。

注1 oneM2M:one Machine to Machine、M2Mに関する国際標準化組織。

なお、ここに記述する事柄は、一個人が戦略的な研究開発や国際標準化の現場で各国の関係者との情報交換の中から考えてきた結果であるため、決して多数派でもオールマイティでもない。読者の皆様には、「そのような面もないことはないな」という程度に、日本とアジア発の「グローバルビジネス協調」の参考にしていただければ幸いである。

3 国際競争力強化のための標準化戦略

〔1〕標準化しない戦略、させない戦略の課題

国際標準化の作業はタフな業務である。

  1. 交渉の言語が母国語の日本語でないこと
  2. 多種多様な人種とのネゴシエーションやディベート(Debate、議論)が歴史の長い島国人のDNAと必ずしも相性が良くないこと
  3. 主要な会議の開催地が欧米で移動時間がかかり、電話会議も参加者の多い欧米主導で日本は真夜中になる傾向があること

等々の境界条件を乗り越えて、緻密な外交交渉をしなければならない。

この業務のタフさから、標準化活動を展開するにつれて、必然的に専門的な業務領域を生み出してしまう傾向がある。このため、標準化活動は本来ビジネス戦略の中のひとつの手段であり、技術開発や知財戦略とともに三つ巴で取り組まなければならないものであるにもかかわらず、縦割りで実行されやすくなる傾向が生じてしまうことに対して、常に努力して是正していかなければならない。

組織の中で、三つ巴(標準化・技術開発・知財戦略)のビジネス戦略が大所高所から仕組まれていれば、国際標準化の舞台で活躍する企業戦士は、

  1. 「自社として標準化すべきもの」のみを背負って参加するのでなく
  2. 同時に「企業秘密としての自社のビジネス目標」を明確にし
  3. そのために「標準化してはいけない(させてはいけないもの)もの」
  4. さらに「対抗社を攻撃するため、さらに標準化すべきもの」

等々のオプションを携えて国際交渉に臨むことが重要になる。

〔2〕標準化と知的財産の課題

標準化と知的財産の関係の重要性については、すでに他の多くの教科書などの文献で多く述べられている。例えば図1に示す、

  1. パイの半径(r)=標準化効果(市場を拡大させるとともに、市場の仕組みも変化させる)
  2. パイの切り分け角度(θ)=知財効果(標準化の前後で企業に知財戦略に変化を与える)

などである。

図1 ビジネスツールとしての標準化と知財戦略
図1 ビジネスツールとしての標準化と知財戦略

しかし、ビジネスを背負って国際交渉の舞台に出ていく際には、自社と交渉相手複数社のそれぞれの知財と、技術開発を背景にした標準化の行方が、交渉途中で変化することを想定しなければならない。あるいは、自社の知財戦略も変化させなければならない。つまり図1のように、パイそのものが「変化する」、あるいは「変化させる」ことになる。

その結果、国際標準化の際には

  1. 国際的な情報公開の一形式であることを明確に認識し
  2. 自社ビジネスのために標準化するものとしないもの(させないもの)について、企業としての全体戦略を把握する(考慮する)ことなしに、国際標準化の舞台に乗り込んではいけない(乗り込ませてはいけない)

ということになる(図2)。

図2 技術の権利化と標準化の戦略例
図2 技術の権利化と標準化の戦略例

もはや国際標準化の舞台で戦う企業戦士は、技術開発の成果を標準化することだけを想い描いてはならないのである。

すなわち、ツールとしての「標準化しない/させないを含む」標準化の成果が、自社ビジネスにとってどのようなメリットとなるのかを、知財と技術開発の視点からも深く戦略的に考察することが、日本のICT産業の国際競争力強化につながることになるのである。

4 これからは業際イノベーション

〔1〕M2M/IoTの急速な進展

世界では、米国発のスマートグリッド(もとの単語は実は欧州が発祥)注2が、いわばひとつの点火剤となってM2MやIoTの世界への変革が急加速して進展していく兆しがある。これを日本では先行して使われていた、あらゆる物や人がネットワークにつながる「ユビキタス社会」がいよいよ具現化してきただけだ、というように見過ごすことはできない。

注2 2000年代前半に、欧州では「スマートグリッド」、米国では「インテリグリッド」、日本では「マイクログリッド」と呼ばれていた。(九州大学教授 合田忠弘、「IEC のスマートグリッド戦略を聞く」、 )

実際、未来社会の中でのICTは、さまざまな分野に利活用されるだけでなく、賢い情報処理技術と賢いネットワーク技術の分野において、社会全体をマネージし、更に社会そのものを変革していくことになるからである。

世界に先行するためには、ICTを利活用するさまざまな業界と情報交流し(というより各業界に入り込み)、世界各国・各地域のユーザーに受け入れられるICTとビジネス、そのために必要な研究開発と知財と国際標準化戦略を構築していくことが必要である。

〔2〕ビジネスと標準化の様変わり

図3に示すように、ICTにおけるデジタル化とインターネットの普及は、ビジネスの世界を大きく様変わりさせてきた。それと同期して、標準化の世界も大きく変化してきた。

図3 ビジネスと標準化におけるパラダイムシフト
図3 ビジネスと標準化におけるパラダイムシフト

現在、独自の強みを確保しながら国際的な協業を推進していく姿勢や、アジアなどの新興国で急速に拡大しつつある新規ユーザーの需要に応えていくと同時に、日本や欧米のユーザーの要求にも新たに対応できるビジネス戦略が求められている。

大きな変革の一例として、これから日本だけでなく世界各国・各地域における食糧生産と物流、医療や教育が大きな課題となっていくであろうことにも注目すべきである。

ビジネス変革に同期して国際標準化の世界も変化していく。とくに、技術主導(良い技術は多くの人に使われるハズ)の世界から、消費者主導(ICTを使う事業や人々の満足が最優先)へと大きく変化していることを理解しなければならない。

同時に、世界の新興ユーザーの急速な拡大に伴って、各国や各地域のローカルな要望に的確に応えつつ、グローバルな世界規模の標準化を推進するという、一見困難であるが興味深い課題に取り組んでいかなければならない状況にもある。

それに伴って国際標準化の構造も、

  1. デジュール標準(ISO、IEC、ITU標準)
  2. デファクト標準(マイクロソフトのWindowsのような1社独占による事実上の標準、あるいは、IEEE、IETFなどのフォーラム標準)
  3. さらに各国SDO(各国各地域の標準化機関)注3を巻き込んだPP(Partnership Project)

注3 SDO:Standard Develop-ing Organization

の三つ巴の様相が鮮明になってきている(図4)。

図4 PPとフォーラムとデジュールによる国際調整
図4 PPとフォーラムとデジュールによる国際調整
〔出所 情報通信技術委員会(TTC)の成果を一部引用〕

うがった見方をすれば、歴史が長くシステムが成熟している欧州中心の国際標準化に対抗して、ビジネス先行の米国が中心になって先導的にフォーラムを設立し、さらにこれに欧州が対抗して各国・各地域のローカルな要望に応えつつグローバルな標準化をPP(Partnership Project)が先導するようになってきている。

それぞれの標準化には「文化がある」だけでなく、「長所や短所がある」ので、いずれかに偏ることなく、それぞれの国際標準化システムの良い所を利用していくのが賢いのである。

〔3〕M2MとIoT(成熟するユビキタス社会)

米国のオバマ大統領が2008年の選挙前からスマートグリッドを提唱したが、欧州では、それ以前から風力発電の大量導入へ対応するなどに向けてスマートグリッドの研究開発が開始されてきた。現在は、さらにスマートメーターの導入や環境に優しい新しい交通・輸送システムの検討などを通じて、スマートグリッドが点火剤となり、いわゆるユビキタス社会への変革が急速に成熟していく兆しが出てきた(図5)。

図5 M2MとIoTとユビキタス
図5 M2MとIoTとユビキタス

消費者から見れば、「ユビキタス」「M2M」「IoT」は同じ社会現象を、視点を変えて表現した単語にしかすぎないかもしれないが、技術開発や標準化の観点からは、それらの単語を使った情報が何を意味するのかを明確にしていく必要がある(つまり現状では混沌としている)。

なお、それでもM2MやIoTに関する取り組みへの期待は大きい。それは図5のような世界が実現しつつあるなかで、ICTを利活用するさまざまな業界との情報交流や連携が最重要課題となるからである。同時に、図6に示すように、ICT分野から見れば未知で未踏であるが、消費者の幸せで豊かな社会生活を実現していくためには、きわめて興味深い横串(よこぐし)(幅広い業界同士の連携)の領域に足を踏み込んでいくことになる。

図6 ICTを利活用する異業種との横串連携
図6 ICTを利活用する異業種との横串連携

〔4〕世界を制する業際イノベーション

すでにM2Mに関する標準化に関しては、世界各国で検討が進められてきていると同時に、ITU注4(国際電気通信連合)においても、IoT-GSI注5が2011年4月から開始されている。

注4 ITU:International Tele-communication Union

注5 IoT-GSI:Internet of Things Global Standards Initiative、IoTなど特定のテーマに関する課題(Q:Question)の合同会合。

地域ごとの代表的な検討は、

  1. 欧州ETSI(European Telecommunications Standards Institute、欧州電気通信標準化機構)におけるTC(Technical Committee)-M2M(M2M技術委員会)
  2. 米国TIA(Telecommunications Industry Association、米国電気通信工業会)におけるTR(TIA Engineering Committee)-50-Smart Device Communications(TIA 技術委員会第50部「スマートデバイス通信」担当)
  3. 中国CCSA(China Communications Standards Association、中国通信標準化協会)におけるTC(Technical Committee)-10(技術委員会第10部)

などで行われているが、2011年から、そのような各国における検討を連携協調すべきであるという機運が高まっていた。

具体的には、TIAが2010年8月にGSC-MSTF注6(M2Mに関する国際的協調によるM2M標準化作業部会)の提案を行ってSDO他による国際的な会合が複数回開催されてきたことや、ETSIが2011年4月の総会でM2M Consolidation(M2M合同委員会)を提案し、それをフォローするSDO会合が開催されてきた経緯などがある。

注6 GSC-MSTF:Global Stand-ards Collaboration M2M Standardization Task Force

それらの動きが2012年7月に、7つのSDO注7による「oneM2M」(ワン・エムツーエム)の設立につながっている。いずれにしても、ICTを利活用する業界は多岐にわたるため、そのような業界の横串連携がどのような形で「実現するのか、させるのか」が注目点となっている(図7)。

注7 7つのSDO(各国各地域の標準化機関)とは、ARIB(日本)、ATIS(米国)、CCSA(中国)、ETSI(欧州)TIA(米国)、TTA(韓国)、TTC(日本)を指す。

図7 世界を制する業際イノベーション
図7 世界を制する業際イノベーション

図7に示されるように、さまざまな業界=Vertical Players(VPs:幅広い業界分野)のシステムがネットワークにつながり、業界間の横串の連携が進んで、それをクラウドや新世代ネットワークが支える時代の到来を見越して、先行ビジネスを検討しなければならない。

とくに、あらゆるシステムの運用には、各個別の業界がすでに深く関与しているため、それらを起点に、プレ・ビジネスの段階から複数の業界にまたがる業際的な意識でイノベーション戦略を構築し、必要な研究開発を推進していくことが重要である。

Profile

富田 二三彦 氏

富田 二三彦(とみた ふみひこ)
独立行政法人 情報通信研究機構(NICT) 理事
1984年東北大学理学部助手を経て、郵政省電波研究所(現情報通信研究機構)に入所。宇宙環境研究室長、米国商務省宇宙環境研究所客員研究員、鹿島宇宙通信研究センター長、基礎部門長、総合企画部長を経て、2008年〜2012年 TTCに出向、ICT標準化知財センター事務局長、業際イノベーション本部長。2012年4月独立行政法人 情報通信研究機構 執行役、2013年4月より現職。

本記事は、『M2Mの最新動向と国際標準2013』[ビッグデータ/クラウド/IoT/通信技術/導入事例からoneM2Mまで](インプレスビジネスメディア刊、2013年5月)の第1章より抜粋し、一部加筆・修正して再掲載したものである。 同書の内容詳細はこちら⇒ https://r.impressrd.jp/iil/M2M2013

M2Mにおける国際標準化戦略と業際イノベーションICT(情報通信技術)は、世界の国や地域の社会生活とのかかわりの中で、歴史的に大きな転換期/パラダイムシフトの時期を迎えている。その背景には、インターネットと、携帯電話やスマートフォンなどによってICTが日常生活の中に浸透し、社会生活に必要な基盤としてICTが必要不可欠な要素となりつつあるということがある。 ここでは、各国の企業がこれからM2M/IoTで何をしていくべきかを考察しているこの立ち上がりの時期に、企業が取り組むべき国際標準化戦略と新しい業際イノベーションの開拓について考察していく。

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