【Special】

M2Mシステムを活用した付加価値創造とイノベーションの本質

2014年3月10日(月)

最近、さまざまなデータを収集・集積・分析し、その結果を情報として活用する動きが始まっている。 ICT(情報通信技術)分野は、ICT自体の急速な成長期を終え、次第に成熟期に移行している。成熟期の技術は、例えば、スマートグリッド=電力+ICTや、スマートカー=車+ICT、スマートヘルス=健康管理+ICTなど、利用分野との協業で展開されることが多くなる。 ここでは、このようなICTの発展のなかで、M2Mシステムがどのように活用されるのか、ビジネスにつながる重要なポイントは何なのか、具体的な企業の例を挙げながら論じていく。

M2M活用による製品の競争力強化

〔1〕さまざまな製品に拡がるM2M活用

M2Mシステムを使って製品の保守・運用データを収集・集積し、これらのビッグデータを分析・活用する流れがさまざまな製品に拡がっている。具体例を挙げると、建設機械、医療機械、通信機器、事務機械、工作機械、印刷機械、農業機械、発電機、航空エンジン、鉄道車両、自動車、タイヤ、エレベータ、自販機、測量機、冷暖房装置、運動靴、医療用ベッド、コインランドリー用洗濯機などである。

M2Mシステムは、製造業の生き残りに必須と言われている「製造業のサービス業化」を推進する有力な武器であると同時に、製品の競争力を高めるツールともなる。現在は、顧客の求める価値が「モノ」から「モノを使ったソリューション」に移行しており、製品の利用が顧客にどのような付加価値をもたらすかが重要であるが、これを理解する手掛かりとなるのが、保守・運用データなのである。

また、製造業の競争力の根源となる新たな付加価値の発見場所が、提供する側から使う側に移行している点も見逃してはならない。優れた製品の提供に加え、製品の使われ方や状態をフォローアップすることで新たな付加価値の発見が促進され、これが大きなビジネスチャンスを生む時代なのである。ここでは、医療機器を例にとり、どのような付加価値が創造されるのかを示す。

〔2〕シスメックスの医療機器の遠隔管理

血液分析装置などの医療機器メーカーであるシスメックス社(本社:兵庫県神戸市)は、顧客がもっている分析装置をネットワーク経由で常時遠隔監視している。これは、製品のアフターフォローを的確に行うためである。

分析装置の精度管理から始まり、収集したデータの分析によって、「最適な検査スタッフの人数を示すなど顧客の業務効率を改善する提案を行う」「装置が故障する前に部品を交換する」「故障した場合でも故障個所を的確に推定し修理を迅速に行う」などの付加価値を実現している。しかも、顧客の使用パターンを把握しているので、装置を使っていない空き時間を利用して修理や部品交換を行っている。また、検査データの正確性を確保するため、検査用試薬の模造品利用の検知なども行っている。

このようにM2Mシステムを活用して、顧客の利便性や検査データの精度を保証することによって、顧客サイドに立った付加価値を実現しているのである。

かゆいところに手が届くアフターフォローは、日本型ビジネスモデルの特徴の1つである。この強みを合理的なコストで実現できる領域が、急速に拡がっているのである。

共通プラットフォーム
構築に動くM2M

〔1〕垂直統合型から水平展開型アーキテクチャへの移行

現在、M2Mシステムは、図1の(1)に示す垂直統合型アーキテクチャとなっている。アプリケーションごとに個別にシステムを構築しているのである。しかし、今後のM2Mシステムの発展を考えると、新たな共通M2Mプラットフォームを構築することによって、図1の(2)に示す水平展開型アーキテクチャに移行することが必要である。

図1 M2Mのアーキテクチャは垂直統合型から水平展開型へ
図1 M2Mのアーキテクチャは垂直統合型から水平展開型へ

垂直統合型から水平展開型へのアーキテクチャ移行によって、

  1. M2Mシステム構築の迅速化、低コスト化
  2. M2Mシステムの規模に応じたリソース確保の容易化と規模拡大に対する柔軟性の確保
  3. 集積したデータを複数アプリケーションで重複活用することの容易化
  4. エコシステム構築による多くのプレイヤーの参画促進

のようなメリットが生まれる。

〔2〕EU(欧州連合)先行で進むM2Mの標準化

共通M2Mプラットフォームの構築をめざし、M2Mシステムの標準化で先行したのは、欧州のETSI(European Telecommuni-cations Standards Institute、欧州電気通信標準化機構)である。2009年2月に「ETSI M2M技術委員会」を設置し、M2Mサービスの要求条件(2010年8月)、M2M機能アーキテクチャ(2011年10月)、M2M通信におけるmIa、dIa、mIdインタフェース(2012年2月)などの標準作成を行っている。

そして2012年7月には、欧州、米国、アジアの7つの標準化機関の代表が集まり、「oneM2M」(ワン・エムツーエム)が設立され、正式に国際標準化活動が開始された。ちなみに、集まった標準化機関は次のとおりである。

  1. アジア:ARIB(電波産業会、日本)、TTC(情報通信技術委員会、日本)、CCSA(中国通信標準化協会)、TTA(韓国通信技術協会)
  2. 米国:ATIS(米国電気通信標準化アライアンス、TIA(米国電気通信工業会)
  3. 欧州:ETSI(欧州電気通信標準化機構)

このoneM2Mでは、図2に示す「共通M2Mサービスレイヤ」(=共通M2Mプラットフォーム)にフォーカスし、各地域の標準化団体の成果を参考ドキュメントとしながら検討を進めている。当面の標準化範囲は、表1のとおりである。

図2 oneM2Mが目指すポテンシャルアーキテクチャ
図2 oneM2Mが目指すポテンシャルアーキテクチャ
〔出所 oneM2M Standardization.pptx - Docbox - ETSI、http://www.arib.or.jp/osirase/seminar/no99konwakai.pdf、ARIB:第99回電波利用懇話会「oneM2Mパートナーシップ設立の取組みと今後の動向」2012年8月28日、http://www.arib.or.jp/osirase/seminar/no99konwakai.pdf 『インプレスSmartGridニューズレター 2012年12月号』〕
表1 oneM2Mが目指す当面のM2M標準化の範囲(スコープ)
〔出所『インプレスSmartGridニューズレター 2012年12月号』〕
1 サービスレイヤ機能の共通セットに関するユースケースと要求条件の策定
2 エンドツーエンドサービスを考慮した、サービスアーキテクチャをもつサービスレイヤ技術の策定
3 オープンインタフェースとプロトコルを基本としたアーキテクチャに基づくプロトコル/API/標準オブジェクトの策定
4 セキュリティとプライバシー技術の策定
5 アプリケーションの到達性(リーチャビィティ)と発見技術の策定
6 相互運用性(試験と適合性仕様を含む)技術の策定
7 課金記録のためのデータ収集技術の策定
8 機器とアプリケーションのID(Identification、識別)と名前の仕様の策定
9 情報モデルとデータ管理仕様の策定
10 管理技術(各機能の遠隔管理を含む)の策定
11 端末/モジュール技術(サービスレイヤインタフェース/APIなどを含む)の策定

EUは、M2Mで実現する「もののインターネット」(Internet of Things)の検討に力を入れている。健康、環境・エネルギー、交通、都市管理などの社会的課題を解決する有力な手段としてM2Mをとらえているのである。M2Mが社会インフラの1つを構成する社会を意識しながら、標準化などの戦略的取り組みを強化しているのである。

M2Mの付加価値とイノベーション

〔1〕M2Mシステムの付加価値

共通M2Mプラットフォームの構築は、M2Mシステム構築の迅速化、低コスト化を実現するうえで有用な取り組みである。しかし、一方で、M2Mシステムに対する利用者からの要求条件は、アプリケーションごとに大きく異なる可能性が高い。

例えば、データの送信頻度、再送制御の有無、許容遅延時間はアプリケーションによってさまざまであり、収集したデータの前処理・抽象化、雑音除去などの方法も収集するデータによって異なる。また、セキュリティ要件もアプリケーションによって大きく異なる。

これを逆手に取れば、利用者によってカスタマイズが必要な部分は、付加価値の源泉と言える。利用者が便利と感じる部分、困っている部分、不安に思う部分も付加価値を生み出す核となりうる。例えば図3に示す、

  • アプリケーション
  • アプリケーションと共通M2Mプラットフォーム部のインタフェース
  • デバイスとそれを束ねるスマートゲートウェイ
  • セキュリティ対策/プライバシー保護技術

などの部分も、付加価値の源泉と捉えることができる。この付加価値をどのように実現できるかが、共通M2Mプラットフォームの構築と同様に重要である。

図3 M2Mシステムのアーキテクチャ
図3 M2Mシステムのアーキテクチャ

〔2〕エンオーシャンの取り組み

この付加価値をデバイス側から上手に実現した例として、ドイツのミュンヘン市郊外にあるエンオーシャン(EnOcean)という会社がある。シーメンスの中央研究所で生まれた「バッテリー不要の無線発信技術」を利用して、シーメンスの出身者が2001年に起業した会社である。

エンオーシャン社は、300社以上の企業に技術を提供し、その応用製品は1000種類を超えている。主な製品は、ビルオートメーションで用いられる照明スイッチ、空調制御機器、窓の開閉検知、動体センサーやファクトリーオートメーション用スイッチなどである。

同社の技術は、人の力や自然界に存在している微弱なエネルギーを利用して無線信号を発するというもので、内蔵バッテリーや配線が不要でスイッチ機能などを実現する。最も多く利用されている照明スイッチの場合、スイッチを押す物理的エネルギーを無線信号発出のエネルギーとしている(写真1)。これはまさに、エネルギーハーベスティング注1である。

注1 エネルギーハーベスティング(Energy Harvesting): 周りの環境から微小なエネルギーを収穫(ハーベスト)して、電力に変換する技術。別名「環境発電技術」とも呼ばれる。

写真1 エンオーシャン社の無線電灯スイッチ
写真1 エンオーシャン社の無線電灯スイッチ
LED豆ランプの長さしかないような小型のスイッチだが、手の力でスイッチを押し、そのばねの力を使って圧電素子をたたき電力を発生させる。EnOceanの文字の辺りを押すとカチッと音がして、電力が生じ回路が動く。
〔出所 津田建二、『グリーン半導体技術の最新動向とビジネス2011』、105ページ、図6-1〕

欧米のような古い建造物では、新たな配線が面倒であり、スイッチからの無線信号を照明側で受け、照明のオン・オフを行うM2M技術が重宝されている。

また、エンオーシャンの技術の進歩と拡大を目的に活動する非営利団体のエンオーシャン・アライアンスが、2008年4月に設立された。同アライアンスは、エンオーシャン技術の応用製品(=M2Mデバイスに相当)の通信プロトコルやアプリケーション部分の機器プロファイルの仕様を作成している。低位レイヤ1〜3の通信プロトコル部分は、IECによって国際標準に採用されている(ISO/IEC 14543-3-10注2)。この標準と機器プロファイルの仕様は、異なる製品間の相互接続性を保証している。

注2 ISO/IEC 14543-3-10: ISO/IECの情報技術標準。タイトルは、『ホームエレクトロニックシステム(HES)- Part 3-10:エネルギーハーベスティング用に最適化された無線ショートパケット(WSP)プロトコル---アーキテクチャと低位レイヤプロトコル』標準。

〔3〕エンオーシャンのイノベーション性

エンオーシャン・アライアンスと連携した標準化活動と同社による開発支援環境の用意は、一見すると地味ではあるが、デバイス関連企業がM2Mシステムで成功するために参考にすべき戦略である。

照明器具や制御機器など同社技術の利用者の立場に立つと、M2Mシステムのインターオペラビリティが確保されており、かつ開発支援環境が充実していれば、M2Mの部分にエネルギーを注ぐことなく、本来の製品開発に集中することができる。

M2Mデバイスの利用者は、スマートフォンメーカーのように1社で大量に同一デバイスを調達することは少ない。むしろ多くの企業が、少量のデバイスを調達するビジネス領域である。デバイス関連企業が、このような領域でビジネス的に成功するには、多くの利用者を呼び込む「エコシステム」注3の構築が不可欠である。

注3 もともとは「生態系」を意味する用語。IT分野では「複数の企業や利用者、モノが有機的に結びつき、循環しながら広く共存共栄していく仕組み」という意味。

エンオーシャン技術の利用者はさまざまで、しかも数が多い。デバイスに対する要求条件も多様であろう。このような利用者の要求条件を効率的に実現しつつ、インターオペラビリティを確保するため、アライアンスによる標準化活動と同社自身による開発支援環境の用意を行っているのである。

このような戦略は、優れたデバイスを作ることに重きを置き、デバイス利用者側の開発の容易性や使い勝手を十分に考慮していない我が国の企業と対照的である。優れたデバイス開発も重要であるが、そのデバイスの利用を推進する枠組み作りの部分にも、戦略的な取り組みを行うべきである。

イノベーションを生み出す考え方

〔1〕ICT分野の発展トレンドの理解

ICT(情報通信技術)分野は、ICT自体の急速な成長期を終え、次第に成熟期に移行している。成熟期の技術は、利用分野との協業で展開されることが多くなる。例えば、

  • スマートグリッド=電力+ICT
  • スマートカー=車+ICT
  • スマートヘルス=健康管理+ICT

などである。

多くのM2Mシステムは、その利用者のビジネスモデルのイノベーションに直結しているため、利用者側も戦略的な取り組みを行うことが多い。したがって、その構築はパートナーシップ的な考えで進めることが重要である。

また、集められるデータから得られる情報が新たな付加価値をもたらす鍵となることが多くなる。したがって、どのようなデータを集めるか、集めたデータからどのような価値を引き出すかを模索することとなる。このため、M2Mの構築に当たっては、デバイスメーカーやシステムベンダは、利用者の支援側に回ることが多くなろう。

このようなビジネス展開を考えると、先進的なM2M利用者と協業してデバイスやシステムを開発し、その成果物を多くの利用者に使ってもらうという発想が必要である。ICT分野の発展トレンドが、利用者主体になっているという変化を理解し、その変化に適合した仕組みを構築することが明日の競争力につながるのである。

〔2〕イノベーションの本来意味への回帰

イノベーションは「技術革新」と訳される。しかし、イノベーション論を確立したオーストリア出身の経済学者、シュンペーター博士は、この言葉をもっと広い概念でとらえている。

彼の定義では、イノベーションは、「新しい技術の発明だけではなく、新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革」なのである。つまり技術だけでなく、新しいアイデアが重要なのである。M2Mで集積したデータをどう活用するか、それはまさにアイデアが問われる世界である。

従来の訳語から来ているわけではないだろうが、日本人のイノベーションのとらえ方には技術偏重のきらいがある。前節で述べたように、ICTは成熟期に移行している。この段階においてICTに期待される役割は、利用者側における課題の解決や新たな付加価値を考えることである。デバイスやシステムを提供するだけではなく、それによって可能になる課題解決力や新たな価値創造力を提供することが重要なのである。

多くの経営者が、デバイスやシステムの提供は利益がでないと嘆いている。でも嘆く前にどうしたらイノベーションを起こすことができるのか、それを誘発する仕組み作りや考え方が何であるのか、基本に立ち戻って考えてほしい。

デバイスやシステムのみに価値を見出すのではなく、それを利用者のニーズに合わせた形で提供し、利用者側の課題解決や価値創造に貢献する最も効果的なパフォーマンスをもたらす仕組みづくりを含めて、デバイスやシステムの価値を考えるという発想をもつ必要がある。イノベーションの本来の意味に立ち戻り、新たな付加価値が創造できる領域、新たな変化をもたらす領域を見出して、デバイスやシステムの利用を進化させる、そこに我が国の未来があると感じるのである。

 

参考文献

  • 『M2Mの最新動向と国際標準2013』、インプレスビジネスメディア、2013年
  • EnOcean(エンオーシャン)社ホームページ

Profile

稲田 修一(いなだ しゅういち)
東京大学 先端科学技術研究センター 特任教授
ビッグデータやM2M、センサーネットなどに関する産官学連携を担当。九州大学院 修士課程修了(情報工学専攻)、米コロラド大学院 修士課程修了(経済学専攻)。1979年、郵政省(現総務省)入省。以来、モバイル、ユビキタス、セキュリティ、情報流通など情報通信分野の政策立案や技術開発・標準化業務などに従事。2012年に大臣官房審議官で総務省を退官。2012年12月より現職。

M2Mシステムを活用した付加価値創造とイノベーションの本質最近、さまざまなデータを収集・集積・分析し、その結果を情報として活用する動きが始まっている。 ICT(情報通信技術)分野は、ICT自体の急速な成長期を終え、次第に成熟期に移行している。成熟期の技術は、例えば、スマートグリッド=電力+ICTや、スマートカー=車+ICT、スマートヘルス=健康管理+ICTなど、利用分野との協業で展開されることが多くなる。 ここでは、このようなICTの発展のなかで、M2Mシステムがどのように活用されるのか、ビジネスにつながる重要なポイントは何なのか、具体的な企業の例を挙げながら論じていく。

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